【ハイキネ】ボクテキ アーカイブス -HyperKinesis-Thiking-

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脳のパフォーマンスが高かったのは6000年前?では現代社会の豊かさはどこからきたのかしら?

みなさんこんにちは!

ハイキネオーナーの門松タカシです!

 

とある本を読んでいたら「人類の脳のパフォーマンスが最も高かったのは今から6000年前、文明ができた頃だった」というものを見つけました。

 

これは現代社会の生活が人間本来の能力を劣化させてしまう環境であることへの風刺という風に解釈もできますが、ちょっと違和感を感じます。

 

そもそも6000年前に比べてヒトの生活は豊かになっているのではないでしょうか。

もちろん格差はありますし、食糧が十分ではない地域もあるとは思いますが、総合的に見てみるとどうでしょう。

印象値でしかありませんが、やはり物質面やコミュニケーション面では豊かになったと思います。

 

ではなぜ脳のパフォーマンスが低下したのか。

 

まずは文明の発達が原因でしょう。

文明とは「巨人の肩の上」とも表現されることがあるのですが、先人の積み重ねたナレッジであり、比喩にもある通りそれはまさに巨人そのものです。

 

近代文明においてはその巨人化が飛躍的に上がり、もはや元になっているテクノロジーはほぼブラックボックスになっています。

 

パソコン、スマホタブレットのOSの仕組みを理解して使っているユーザーはかなり希少です。そこまで高度でなくとも、たとえばシャープペンシルの芯はどうやって出てくるのか物理的に理解している人はいるのでしょうか。ボクは知りません。

 

これは巨人の足元がもう見えなくなっているようなもので、自分たちがどの地面(=技術や原理)に足をつけて立脚しているのかわからない状態とも言えます。

 

かつてはどうだったかは想像するしかありませんが、個体の性能は高かったのかもしれません。自分たちでモノを作り、その仕組みを理解し応用していた。

もし現代人が同じような生活環境に投げ出された時に、同じように生きていけるかは、ちょっと保証できませんね。

 

もう一つ脳のパフォーマンスが低下した要素として、人口数増加が考えられます。

そもそも文明を支えるにはそれを底辺で保持するための基盤が必要であり、その基盤とはつまり人口数のことです。

この母体が大きいほど支えが強くなり、より多様で多彩な文明が築き上げられます。

 

人口が増加するにつれて個体の性能をハイパフォーマンスに保つ必要性がなくなったのかもしれません。

 

社会人になると分かると思いますが、同じ仕事をしていても処理能力にはかなりの格差が見られます。

これは一種の「集団的共存社会における処理能力の責任回避」のようなものでしょうか。よくアリがたとえにあがりますが、集団の何割かは働き、何割かはさぼるというものですね。

 

つまり人類が個体のパフォーマンスを低下させたのは、人口増加による文明の発展によって、個体の性能を上げずとも種の繁栄を担保できるようになったため、ということですね。

 

こういう視点で見ても人間という生き物はナマケモノなんだなぁと思います。

やる必要性がないなら徹底してそれを行わない、という仕組みがボクらの体には仕組まれているのかもしれません。

 

これをうけて「なんだ、じゃあ明日から頑張ればいいじゃん」と考えるか「それでも向上していくのは楽しい」と考えるかは個人の自由ですね。

どのように社会に貢献していくか、決める選択肢はみなさんの中にあります。

 

今日はちょっと小難しいというか堅い話になっちゃいましたね。たまにはこういうのもいいですかね。

 

ノブレスオブリージュ今日もみなさまが世界の救世主たらんことを

/ハイキネオーナー 門松タカシ