【ハイキネ】ボクテキ アーカイブス -HyperKinesis-Thiking-

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アンガーマネジメントでも不足している怒りへの考え方

最近は怒りの感情を制御するアンガーマネジメントなる単語を耳にします。詳しく調べてはいませんが、そんなに最近の学問ではなく、ある程度前からあった概念だとは思いますが、最近露出度が上がったような気がしますね。

 

さて、職場なんかでもこのアンガーマネジメントが取り上げられることがあります。残念ながら多くの場合、方法論ではなくロジックばかりがピックアップされるので「あぁイイハナシだった」で終わっているケースが多いです。

 

そもそもの話ですが、怒りの感情は発生させないようにするのが一番良い、というものがこの概念にはないような気がします。

人間なので怒りの感情が出るのは当たり前で、それが行動に影響しないようにコントロールしようとする考えっぽいです(違ってたらすいません)。

 

でも怒りが当たり前という前提条件は本当に正しいのでしょうか?

 

 心理学者アドラーも「感情は結果ではなく過程」

最近アドラー心理学もピックアップされていますが、この心理学に言わせるならば、感情とは行動の結果で発生するものではなく、行動を起こすために発生するものと捉えています。

つまり誰かに殴られて怒りの感情が発生するのではなく、相手を殴り返して報復する大義名分を作るために怒りの感情を発生させているという考えです。

 

ボクはこのアドラー心理学の考えを支持します。

基本的に人間の本能的な反応は、生存するために必要な反応がほとんどで、怒りにしたところで、やっぱり生きるために必要な機能だったんだと思います。

相手に襲われて唯々諾々とやられていては種が滅んでしまいますので、生存欲求をより強化するために生み出されたツールという考えです。

 

本能的な反応は理性的な社会に順応できない

ひるがえって現代社会はどうかというと、国の経済状況にもよりますが原始時代に比べるとはるかに生存に適した環境になっています。

この社会において怒りのツールを使って自分の存在欲を燃え上がらせる必要があるのかというと、果たしてどうでしょう?むしろ逆効果では?と思います。

 

一般的に怒りの感情が出てくるのは、他者との関係性において発生しますよね。

「上司に怒られてイラっとした」「あいつはオレのこと何も分かっていない」「なんでいつもこうするの?」「言わないと分かんないのかな」

さて、こんな日常的に発生するこ「イラッ」という感情ですが、これは生存を脅かすほどの問題なのか?と言われると「そんな大げさな」というレベルのものばかりです。

はっきり言って取るに足りない問題というか、過大にとらえすぎでは?もっとクールになろうぜと肩を叩いてあげたくなります(その時点で相手が殴りかかってきそうですが)

 

怒って当然なんて原始的な発想

これは原始的な脳がまだ現代社会に追いついていないために、機能が状況に対して過剰に反応してしまっているために起こる現象です。

個体や種の生存を優先的に考える原始脳としては、こういう生存を担保する機能はそう簡単にハードルを下げることができないんでしょう。

 

こうしてみると必要な機能にも見えますが、この現代社会においては不要な機能です。というかここまで文明が発展していなくても、集団の生活がある程度維持できるような状況であれば要らないでしょう。

 

そうはいっても本能的な反射反応

こうして理性で考えてみると、そもそも怒りの感情が現代においてはミスマッチなものであることがよくわかります。

ただ、そうはいっても瞬間的に怒りの感情がわくのは仕方ないでしょう。もはや反射反応のようなものなので、そう簡単に怒りの感情の発生は止められません。

ということでのアンガーマネジメントなんだと思っています。

 

とはいっても実は止められる(訓練次第で)

怒りの感情をストップする方法については、基本的に瞑想による脳の開発くらいでしょうか。科学的にも瞑想、メディテーションが脳の発達に大きく影響することは証明されています。

 

瞑想についてはまたの機会にご説明するとして、今回はアンガーマネジメントの前提をちょっとつついてみました。

扱っている部分が、なんというか表層の部分な印象がしていますが、全然勉強してない状態で書いているので、きちんと勉強もしたいと思います!